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2009年5月 2日 (土)

『あの家』のこと 3/4

毎月、「あの家」のために入金しないでも済む。


少なくても、1ヶ月に1度は必ず
「あの家」のことを考えなくてはならない。

それがなくなったので、
少し気が楽になった。

『あの家』のこと 2/4  より、続き)
 

 

でも、「あの家」は、主人名義で建てている。

もともと、義父たちに、貯えがなかったので
主人名義で建てたのだ。


もし、義父たちどちらかが欠け、払えなくなったら
どうするのだろう・・・


そして、母の介護、私の父もいるのに、
「あの家」に、義父たちが住み続ける限りは

将来、私と主人で4人もの、
親の面倒をみなけらばならないのだろうか・・・



何か義父たちに困ったことがあったら、
また、私達が
お金を出さなければならないのだろうか?



私の不安は消えなかった。




義父たちがお金を払えなくなったら、大変だと

私は少し、気持ちを切り替えることにした。
アパート代を節約するために

『実家を直して住もう』

ということになった。


(その後は →古民家ビフォーアフター
 にある通りなのだが、)


何しろ、雨漏り、床はぎしぎし、
水周りは腐るか、カビるかしている。

ここに私の家具を入れたら、
間違いなく、床はぬけるだろう。

家は傾いてしまうだろうという、代物。


リフォームしたくても、業者をいれる資金など無い。
そして、
リフォームする甲斐があるのだろうか
あのオンボロの家は・・・

(父も母の介護にこれから先、
 いくら費用がかかるかわからないから
 資金をだすわけにはいかないという)


でも、とりあえず、
自分達で直せるかどうか、わからないが、
ごみの処分をしようと、始めた。


しかし、先の見えない不安から
片づけをするのも、億劫で
いつまで、経ってもはかどらなかった。



そうこうするうち、

昨年、母が亡くなった。


父はショックで、混乱してしまった。

私ひとりで、お葬式、49日の法事など
取り仕切るしかなかった。

(こんなこと、初めてで、何もわからなかった)



49日の法事が終わった後の私は、
親戚の人や、近所の人の言った
何気ない一言が、

いつも頭の中で、ぐるぐる回って払えなかった。


母を亡くしたショックもあったのだろう。

人から言われたことや、人のとった態度が
心に突き刺さった。


実家も、その町内に暮らして100年以上経つ。
まわりも、70年、80年と暮らす人たちばかり。

古いしきたり、付き合いのある実家の町内で
暮らしていくことは、
私は辛いと感じた。


小さな頃は、知り合いの人ばかりでホッとしたが
大人になり、その家の主として
付き合っていくには、難しい場所だと思った。


(何も無い今なら、
 それほど、近所付き合いは苦には思わないが、
 街中にあるため、今は
 騒音が我慢できなくなっていた。)


母も亡くなってしまったし、
家のことも考える気になれず、

しばらく、保留しておこうと思っていたところ

今度は、父が目が離せない状態になってしまった。



ひとりにしておくと、
不安のため、10分おきに電話してくる。

うんざりして、電話にでなければ、
自転車で隣町にある、我が家に何度でもやってくる。


それでも、私がつかまらないと、
親戚の家に何度も電話したり、
近所の家に何度も行ってしまう。

他の人に迷惑をかけるわけにはいかない。


主人も多大にフォローしてくれ、

父も母の死のショックが少し抜けたのだろうか、
落ち着いてきて
どうにかやり過ごしているが、


父と暮らすことを考えなければいけなくなった。

「あの家」のこと、お金のことで悩んでいると
いつも

いつかいいことあるから」と
笑って援助してくれたのは、父なのだ。

(実は、結婚してからも、
 欲しいものがあると父にねだってしまった
 ダメな私。)




でも、どこで???


また、アパートを借りるのだろうか???




と、考えていたら、ふと

「あの家」という答えが降りてきた。


私達が「あの家」にお金を入れなくなってから
義父、義母たちは

(「支払いが多くて大変だ。
 これなら、アパートに暮らすほうがよっぽどマシだ

 と言っている
 だから、
「あの家に住むか?」 )


と、ときたま
主人の口から聞くようになっていたのだ。


「嫌」

「私が選んだクロスじゃない、間取りじゃない」

「絶対に住みたくない」

今までずっと、あの家に住みたくないから
意地でも頑張ってきたのに。。。。



私の憎しみの対象だった「あの家」

あの家さえなければ、
次男の主人だ。
義父母の苦労は少なかったはずだ。

そして、自分達でどこに住むか選択でき
私達の家も建てられ
私の好きな風にできたのにと、


ついつい、「もしも~だったら」が
恨みがましく止まらなくなってしまう。

(今でも、あの家さえなかったらと、
 口にしたくなってしまう。
 いつか、自分の好きな家が建てたいよ!)

でも、14年経って初めて

私の中に、

「あの家」に住む

という、選択があると降りてきた。



その考えに、びっくりした。


よくよく考えてみると、

今まで、色々悪戦苦闘し破れ、
もう、それ以外の方法がないように思えた。





今の私は、私の憎しみだけを伝えてたくて
この文を書いているわけではないのだ。


(むしろ、逆のつもりなのだけど・・・)



大嫌いだったものも、年月が経てば、

それもいいかな・・・と思える日がくるのだ。



人の気持ちはわからない。


「燃えて無くなってしまえばいい」 とまで
考えたことのある「あの家」

そんな「あの家」に住もうだなんて



人の気持ちって変わるんだ。

もしかしたら、今嫌っている人も
10年経てば、仲良くなれるかもしれない。



偽りでなく、初めて
自分の未来の変化に楽しみができた。


10年経てば、どんな事でも
いい風に変わっていくような気がした。


3年前、あの家を処分したくても
出来なかったことが、神様のお導きのように思えた。

処分できなくて、よかったのだ。



私は、まだ愛せないけど

「あの家」を大切にしていこうとしている。






(つづく)


コメント下さろうとした方、ありがとう
そして、ごめんなさい。

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