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2010年6月11日 (金)

紙に書けなくなったので

ふと、パソコンで調べ物があり
調べているうちに、
なんだか、日記が書きたくなった。

ブログを止めようと、たまに思いつつ
続けていられるのは
やっぱり私は、
文章を書くのが好きなのかもしれない


というより、
誰かに相談するより、
自分で思うことを書いていくうちに
すっきりするタイプなのだと思う。

(今までは、紙に書いていたけど
 今は、パソコンでないと書けない。
 鉛筆をもつのが億劫になってしまった・・・)



パソコンで調べ物とは、

3回忌のお坊さんへの供養のお礼の
上書きは
『御布施』でいいんだっけ??


と、ちょっと念のため


こんなことすら、ネットで調べている
自分に多少、おかしくなる。





誰か、聞ける人がいたら・・・


父がしっかりしてくれていたら・・・


と、母の法事を営むときは、思ってしまう。

(でも、大好きな父だから、心底うらむことはできない。

 返って、家で父の面倒を全てみれなくて、
 いつも申し訳なく思う。)



3回忌では、親戚をよぶことはやめた。

母方の親戚も、奇しくも同じ日に3回忌だし

父、主人、私

3人だけで営むことにした。





近所の人、親戚の人を招く法事では
あまりに、神経ばかり使ってしまって

母の事を偲ぶこともできぬまま

法要は終わってしまう。



母のお葬式、1回忌

親戚の人の気分を損ねないことばかり
考えすぎて

疲れてしまった。。。



母の事を悲しむ間などなく
私はなんて薄情なのだろうと、思っていた。


そして、多分、
私は段々と、母を失くしていったので

母が亡くなる前に、
悲しく思うことは、
すんでしまったのかと思っていた。



痴呆をわずらった、母。

だんだんと、できないことが増えていく。




母の作った料理が食べたい。

食べれなくても、母に会えるだけでいいじゃないかと
思うことにする。


母と話がしたい。

話ができなくても、母が生きているだけでいいじゃないかと、
思うする。



母が亡くなってからも、
体が無くなっただけじゃないかと、思おうとした。



(でも、お葬式の時などに実感した。

 母がいたから、父がしっかりしてられた。

 
 親戚や近所の人も、お寺さんにも
 父や母がいたから
 私が直接、家の主として応対しなくてもすんだ。


 生きているその存在だけで
 守られていたなぁ
と、しみじみと思った)



母が亡くなる前に、
順順と悲しんでいったので

私は、もう母が亡くなることについては
覚悟がついていたのだと思っていた。



でも、違っていたことに
最近、気がついた。


時々だけど、理由のない怖さに襲われる時がある


人間は、みんないなくなってしまうではないか・・・


今、愛してやまないこの子、この猫だって
私を置いて
いつの日かいってしまう。。。

そのときを、みたくない。


もしかしたら、

今私は、もう年をとって、ひとりぼっちで
昔誰かと暮らした生活を
思い返しているだけかもしれない。


目が覚めるのは嫌だ。。。


そんなことばかり、思って
日々を暮らしていくことが、悲しく、
空しく感じてしまう日が多かった。



でも、私は、たまに、
そんな風に思ってしまうのは

慣れない場所、家で暮らすせい。

父の将来が心配なせい。


だと、思っていたのだが、
母の3回忌が近づいてきて

もしかしたら、私は、こんな形で
母がいなくなったことを
ずっと、引きずっていたのかもしれないなぁ~


と、気がついた。



亡くなったばかりのときは、まだ
母が近くにいてくれるような気がした。

でも、なんだか最近は
母の気配が感じられない。

寂しい。寂しい。
母はどこへいってしまったんだろう。。

確かに、
母の体、声、気持ち、心はあったはずなのに。






でも、なんとなく、
明日の法要を終えれば
なんとなく、吹っ切れるような気がする。


根拠はないが。。。。


(でも、これで、法事もとりあえず、
 一区切りだ。)



もっと、今を生活を楽しまねば。

恐れることなく、もっともっと
この猫、父、(だんなもおまけ)
を、見つめていかなくてはいけないなと

漠然と考えている。





それにしても、すごいな。

母は。


去年でも、W杯は見られなかった。

今年は3回忌だから、W杯が見られるよ。

計算されつくしたようだ。


そして、確か去年の日記の内容は
忘れてしまったが、
(でも、ブログならすぐ、探せる。便利だね~)

ひとつ覚えていることは

来年の6月15日は、笑っていたい』と

たしか書いた。




今年の6月15日は、

拙宅が掲載された
『私のカントリー』が発売される。



『私カン』も、昔、ずっと憧れていた雑誌だ。



母の事を思いながら、
本屋さんへ、『私カン』を立ち読みにいける~

6月15日、発売でよかったな!!


1年経つと何が起こるか、わからないね。

この偶然は、
母からのプレゼントだと思うことにしよう。





追伸

でも、私の母は優しくない??人だった。

10年以上前に、初めて雑誌に掲載された時も、

『私のアンティーク』(廃刊)で、
初めて賞をいただいた時も、

母はまだ、元気でいたので
私が喜び、本を見せたら

へぇ~~、ヒマな人はいいねぇ~
 あたしだって、時間があれば、これくらいできる



と、のたまわった人なのだ。



商売がいちばん。
インテリアのことは、考えたこともないだろう

の人生だったのに・・・



私はもう、反論する気もおきず

この人には、何をいっても無駄だ。

 でも、親戚の人には、自慢するくせしてねぇ~)

と、思っていた。



母のそんな性格に気づいていただんなと

たまに、

『お母さんだったら、こういうね~

 お・く・さ・ま!
 お・じょ・う・さ・ま!

 (私のことを指して
  とっても、バカにした言い方で言う)
 
 
 ひまな人はいいね~
 猫も暇な人が、誰かわかってるね~



そういいながら、笑えるこの頃になった。


(昔は、母の事が嫌いだった。
 でも、今は、 
 そんな憎まれ口も大事な思い出)


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今日は、
私的な内容で、読んでいただいただけで、
申し訳ありませんが、
クリックいただけると、うれしいです。

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コメント

にゃにゃさんのブログ、読めば読むほどに好きになってゆきます。
ひとりで思わずニンヤリしながら読む時もあれば、言葉のひとつひとつが、すーっと心に染み込んでくる時もあります。

私も今、高齢の実母と暮らしていますが、母との時間を大事にしたいなって思いました。

追伸 『私のカントリー』絶対買います(^-^)v

投稿: かこ | 2010年6月11日 (金) 20時35分

私の娘たちも
にゃにゃさんのように考えてくれるのでしょうか
スーッと そのまま 忘れ去ったり・・・
お母様は幸せ者です

投稿: kagawa | 2010年6月11日 (金) 21時27分

かこさん、コメントありがとうございます。

こんな私的で辛気臭い内容なのに
読んでいただくだけで、申し訳ないのに・・・
(でも、読む人には、ご迷惑でも
自分にとっての記録になるようにも、
書いているので、ごめんなさい。)


とても、うれしかったです。

お母さんとたくさん、思い出作ってくださいね。
私も父とそうします。

追伸 営業妨害になるのですが、
『私カン』ムリに買わなくても・・・
(お好きでしたら、おおきなお世話様ですが)

今回は、我が家は素材を提供と言う感じで
ペイントテクニックがほとんどなんですよ。

6月29日にも、拙宅が掲載された本が
発売されるようです。
よかったら、そちらもご覧いただけると
うれしいです。

投稿: にゃにゃ | 2010年6月11日 (金) 21時40分

kagawaさん、お読みくださってありがとうございます。

うちの母は幸せでしようか??

ブログに書いたように、負けず嫌いで
憎まれ口ばかりたたく母だったので、
私とはケンカばかりしていました。

kagawaさんのお嬢様の方が、
きっと、思う気持ちは深いような気がします。

投稿: にゃにゃ | 2010年6月11日 (金) 21時45分

私的な内容はブログの海の中の真珠のようなものかと思います。
広く真っ暗な海の底に誰かの大事な貝殻が、ひろってのぞくとキラキラ光ります。
私も父をもうだいぶ前に突然に失いまして、あまりのことに出来事がドラマのように思えたり、ストロボ写真のごとフラッシュバックしてきたり、すっかり乗り越え、すっきり受け入れられていたとおもっていたら、なぞの津波に襲われたり、恨んでみたり、感謝してみたり、謝ってみたり、皮肉ってみたり、ただ素直にはまだなれず。
結局、生前の父に対しての態度は死後の父にも変えられないのでありまして、とりつかれてるようですが、夢枕にもいらっしゃらず、あの世でよろしくやってる姿を想うだけが精一杯です。かれこれ10年経つのであります。

投稿: 小豆 | 2010年6月11日 (金) 21時46分

ちなみに。。。
以前の雑貨カタログの回も、見るだけ・・・のつもりが買ってしまいました。充分営業になっております!よい意味で。

投稿: 小豆 | 2010年6月11日 (金) 21時55分

こんにちは。
ずーっと以前にコメントさせていただきました、miuと申します。(あまりにも前過ぎるので、いつコメントさせていただいたのだろうと思い、過去のものを見させていただいたら、1年前くらいでしたsweat01)

コメントさせていただくことはなかったのですが、頻繁にお邪魔しておりました。
上手に表現できないのですが、にゃにゃさんが書かれる文章はとても読みやすいのにユーモアも忘れておられなくて、そして心がきゅんとふるえてしまうことも度々で。。

出来ればブログ続けていただきたいなぁ、なんて思っています。

人間の記憶を整理していくという能力は、ありがたいときもありますが、その力に逆らいたい時には寂しさも感じてしまう、とふと思うときがあります。
3回忌、お母様と寄り添えるような時を過ごすことができますように。

6月15日とっても楽しみにしている1人です!(でも私が住んでいる場所では1日遅れの発売になりそうな予感。。)
長々とすみませんでした。またお邪魔させてください。

投稿: miu | 2010年6月12日 (土) 09時27分

小豆さん、コメントありがとうございます。
『ブログの海の中の真珠・・・』の
記述には、うっとりとしてしまいました。
素敵な表現ですね。
小豆さんがブログをやっていらしてるのでしたら、
是非、拝見させていただきたいです。

実の親とは、愛情だけでなく
色々ありますよね。。。

私も、母とはケンカばかりだったし、
小さな頃から、
『お前より、仕事の方が大事だ。あっちへいっていろ』
と言われ
あまり身の回りの世話を焼いてもらえなかったので、
いつも恨みに思っていました。

でも、私の母は、その母、ひとりだけだし、
亡くなったあの世の世界では、
全てが超越して見渡せるそうなので??
(だんな談)
『私の辛い気持ちもわかったでしょう!!』と、
ひとりで納得しています。

小豆さんのお父様も、きっと
全てを分かった上で、
小豆さんを見守って下さっていると私は、思います。

投稿: にゃにゃ | 2010年6月12日 (土) 21時09分

小豆さんも、雑貨カタログをご覧下さったのですね~
ありがとうございます!
うれしいです。

私カンも、ご覧いただけるとうれしいです。
(見てくださるだけで、充分です)

投稿: にゃにゃ | 2010年6月12日 (土) 21時11分

miuさん、こんにちわ。
又、コメント頂きまして、ありがとうございます。

1年って、本当に早いですね。
以前は、とっても印象的な(そして、とてもうれしい)
コメントを頂いていたのですね。

ブログを書くほうは、
『来るもの拒まず、去るもの追わず』の形
しかとれなくて、
以前、コメント頂いた方でも、
『どうしているかな?』と、思っていても、
こちらからは、伺うことができません。

久しぶりでも、お話頂くと、うれしいです。
(でも、ムリをせず、コメントは、
書きたいと思ったときだけで、
もちろん結構なのですが)

今日は結構、大泣きしてしまいました。
今頃になってね~


『私カン』ペイントテクニックがほとんどです。
(もちろん、私のペイントテクニックではなく、
メーカーさんの)

インテリアも北欧風でなく、
私カン風を意識してみたんですが・・・
カントリー風?どうかなぁ・・・

投稿: にゃにゃ | 2010年6月12日 (土) 21時28分

こんにちは!初めてコメントさせて頂きます。いつも楽しく拝読させて頂いています。
私の母は数年前に突然他界しました。
まだ56歳で美人で皆の憧れだった母。
でも一人娘の私とは折り合いが悪く、家を飛び出してしまってから1年以上会っていなく、突然の訃報でした。
自分を責めました。後悔してもしきれない。
嫌いで嫌いで仕方ない母を失ってから1年位は余り実感が湧かなかったんですよね。
でもそれから1年後自分を責めて苦しんだけれど今はこんな風に思っています。
私を見て祖母や母の友人達が涙します。
声や話し方、顔、そっくりだと。
母に対してあんなに反抗的だったのに母の考え方、アドバイスは今の私を作っています。
そこで、母は死んでも、生き続けているんだなと思いました。
そう思ってからと言うもの、母の死を受け入れられる事が出来ました。
私を取り巻く人達。私を愛してくれる人達。
それは母がそんな風に私を育ててくれたからなんだなと感謝までしています。
母が他界してから父とも折り合いの悪かった私ですが、父はショックの余り若年性痴呆で然るべき施設にいます。
そんな父も施設にいるととても謙虚で感謝の気持ちを持った人になっていました。
痴呆になってしまった事は悲しかったけれど、何となく私が小さい頃から欲しかった父親の愛情をやっと手に入れられた気がして、
私は一人じゃないんだと思うと、父の施設を後にした時涙がずっと止まりませんでした。
何かが浄化されたんでしょうね。
それ以来、桜の季節になると、いても経ってもいられない程桜が見たい!と思うのはきっと母が見たいんだろうなと思い、
そんな欲求のまま色んな所に桜や、他の景色を見に行ったりしています。
そんな風に両親の事を思えるようになった私は今とても幸せに感じています。
背景が少し似ていたような気がしたので、
少しでも共感出来たら嬉しいなと思いコメントを残させて頂きました^^

投稿: longsleepito | 2010年6月14日 (月) 16時22分

にゃにゃさん、こんばんは~
ちょっとお久しぶりです!


お母様がお亡くなりになって、もう3回忌を迎えられるのですね。
色々と大変な思いをされたお話をにゃにゃさんからお聞きしたのが、つい最近のような気がします。
月日が流れていくのは早いものですが、法要を終えられて、一区切りつかれましたか?


親という存在は、子にとって唯一無二のもの。
私も親に対して、つい2~3年前には感じなかった「老い」というものを少しずつ感じるようになり、複雑な気持ちになる事がここ最近増えてきました。
それだからこそ、にゃにゃさんが仰るように、今この生活をもっと楽しまないといけないのですよね。
にゃにゃさんの書かれる文章は、いつも私の心の深い部分をついてきます。
にゃにゃさんのお父様、お母様を思う気持ちが深く伝わってきました。


「私のカントリー」、本屋さんで見てきますね!

投稿: mana | 2010年6月14日 (月) 23時43分

longsleepitoさん、はじめまして!

いつもご覧いただいているそうで
ありがとうございます。

みなさん、それぞれの生活の中で
特に親のことに関しては、色々ありますね・・
longsleepitoさんも、どうぞ
お父様と大切な時をお過ごしくださいね。

今後ともどうぞよろしくお願いします。

投稿: にゃにゃ | 2010年6月15日 (火) 11時39分

manaさん、こんにちわ~

あっという間の、2年でした。

色々、ブログには書けぬ事もあり
(私はもちろん、読んで下さる方も、
とても気持ちが暗くなるだろうし、
多分誰かの悪口になってしまうから)

精神的に落ち着かない日々もありましたが、
ようやく、法事がひと段落して、ホッとしてます。

母には悪いけど、ほんと!!
法事を催すって私には、大変でした。
もうしばらくやりたくありません。(笑)

でも、今回、父がとても落ち着いてきて
『俺が用意できなくて、悪いな~
 何もしないで、悪いな』 と言ってくれて
思わず、涙がこぼれてしまいました。

それだけでも、まぁいいかな。。。

『私カン』最近、付録つきなので、
ヒモでしばられてなければいいけど。。
ご覧いただけるようでしたら、お願いします~

投稿: にゃにゃ | 2010年6月15日 (火) 11時56分

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