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2011年1月30日 (日)

叔父の茶の間

Img_3107

最近、物欲の方では、いまいち。。。。


ちまちまと欲しいものは、時々現れていたが、

私の心を大きく、揺るがす出会いがなかった。



でも、晩秋に

どっか~~んとくる出会いがあった。


(なかなかUPできなくて、昨年書いた日記です)




それから、今まで、何回も
それを求めて、旅??にでていた。

Img_2750

ワタクシの食器愛 で書いたお皿。



眺めているうちに、

この作家さんの

器まだ、他のものも置いてあったよね~?


と、思ったら、毎日、どうにもこうにも
気になってきて、

我慢ができなくなってきた。



ある日、見に行った。

Img_3102

そこで、まずこのお碗に目が行った。

あまり、みたことのない、少し乾いたような釉薬の色

古典的な模様に、思わず息が止まった。



なぜか、器に記された文様が、とても気になり、

伺ったら、
作家さんは、古書、古い資料をたくさんお持ちお持ちだという。

そうか、この模様は写しなのか~と、
合点がいった。



でも、なぜ、
自分がこのお椀の模様に
これほどまでに惹かれてしまうのか


わからなかったが、
とっても気になり
なぜかとても懐かしく感じた。



つい2~3日前、

そういうことか~~と、
ふと布団に入ったときに思い出した。




もう20年近く前になるが、
一番近しい叔父が亡くなった。

一番近しいというのは、
実家の仕事の関係、叔父の仕事の関係で、

叔父は毎日、うちにやってくることがあったからだ。



いつも忙しそうにしている人で、

母に言われ、お茶を淹れて上げると、
新聞を読みながら、
それを一杯飲み、

「にゃにゃ、どうだ、最近?」とか

「サンキュウ」とか一言私に声をかけ、

飲み終わると、風のように去っていく。


風のようには、まぁ誇張でなく
本当に、ひと処に、じっとしていることが
なかった人だ。



何故って、叔父は、
2足のわらじを履いていた人だから

1つの方は、収入にはならなかったが、
町の有名人にはなり、町には貢献していた。



歴史が大好きで、いつもたくさんの本に囲まれていた。

古墳の発掘もしていたみたいだ。



そして、晩年には、
何人かの仲間たちと郷土史を書くことに、

命を燃やしつくした



私は、家族ではないので、
実際のところは、わからないが、

遠いところから、眺めていても、

叔父がその郷土史の執筆に精魂傾けているのが

とても伝わってきていた。



自営業なので、
仕事はきちんと終えてから、

夜なべに執筆したことだろう。


叔父はガンで亡くなったのだが、
執筆が終わるまで、病院に行かなかったんだろうと、

想像できるし、

あまりにも、過酷に、体を使いすぎたので、
その病気にもなってしまったのだろうと、

簡単に想像できるくらい、

叔父の人生は、忙しく、

好きなことに、命をかけ、
好きなことをするために、責任を全うしていた




自営の仕事をするときは、
ジャズをかけながら

お店の品物は、
叔父の古い書籍から取った絵柄の
オリジナルの包み紙で、包まれた。

家業を暖簾わけした
町の小さな食品小売業だったが、
その中にも、
叔父のテイストが現れていたんだなぁ~と、

今になって、すごいなぁと思う。



今の時代なら、

好きなことを仕事にしようと、
その道だけを追いかけることができたかもしれない・・


でも、昔だったので、
家業を継ぐことを選択し、

その中でも、好きなことをずっと諦めず、

両方をこなしていた叔父。




(器の話を書こうと思いながら、
 なぜか、叔父の話になってしまったが、

 なぜか、今日は、涙がでてくる。

 叔父の死から、長い年月が経っているのに・・)



今生きていてくれたら、

色々、聞いてみたいことがあるのになぁ


と、時々思うが、

叔父は短い時間で、
人の倍生きてしまったから
仕方ないのかも・・・


今だから、その叔父の生き方を
見ることができて、

それを忘れてはいけないなと、思った。






叔父が亡くなる日、
夕方、私はお見舞いにいった。


ちょうど、夕食の時間だった。


叔母に介護され、
「がんばって食べなきゃ」と、励まされ、

叔父は、直るために、
がんばって、夕食をほとんど食べた。


「じゃあ、また~」と、家に帰り、

自分もご飯を食べ、
テレビを見ていたら、

叔父が危篤だと、電話が入った。



私は、信じられなかった。

さっき、あんなに頑張って、
体力をつけようと、
夕飯を食べていた人が

もう危篤だなんて・・・・




でも、それだけ、
叔父はまだ生きていたかった。

私のいとこたちのためもあるだろう。

まだ、書きたいこともあったのだろうと、思う。



でも、本当に、叔父の情熱あふれた一生。

今になって、
話をしてみたいなぁ、聞いてみたいなぁと、
思うことがより増えたが、
叔父の教えてくれたことは、忘れないでいたい。




さて、寄り道が長くなってしまった。
ごめんなさい。


私がなぜ、その器に惹かれたかと言うと、

なぜか、

そう、

その叔父の家に飾ってあった、
昔の陶器の柄に似ていたような気がするからだ。




あぁ、ほんと、
叔父に聞いてみたい。



私の
本好き、
古いもの好き

(珈琲好き)は、
きっと、

叔父と同じ血が通っている証拠に違いないから。



それからは、この器をみると、
今は無くなってしまった

(小さな頃は、いとことよく遊んだ)

叔父の家の茶の間が浮かぶ。



ハニワに古い陶器の破片が並んだ茶の間。




この器さん!

私と出会ってくれてありがとう。



そういえば、
叔父の形見は何もなかったけど、
この器が

叔父の思い出に結びついてくれました




追記


その他に、叔父の形見??といえば、

小学生の時、
叔父が学校に歴史の講演にやってきた




「最後に質問のある人~?」と、聞かれ、

ふざけた精神の私は、
まっさきに手をあげた。

その時の、
「まったく、にゃにゃは・・・」と思ったであろう
叔父のはにかんだ顔。


なぜか、よく覚えていて、
今でも、目に浮かぶ。
あの顔を覚えているのは、私だけなのだ。。。



(こうやって、自分でしか覚えていないものは、
 大切に、
 覚えていなくちゃだけど、

 そうして、守ったものも、
 いずれは、どこかに逝ってしまうんだろうな。。。


 でも、私が生きている限りは残っている。 )




郡司さんの器について、
書こうとしましたが、脱線しました。


そのおはなしは、またいつか。


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コメント

そんな思い出があったのですねぇ~
おじさんの事をそんな風に覚えてくれている姪がいることは、天国のおじさんもさぞかし喜ばれているでしょうね^^
きっと、まったくnyanyaは。。。ってはにかんだ笑顔で見守ってくれてますよ。
私は22人叔父がいましたが(両親共に12人兄弟で、でも他界してしまった叔父も多いので現在の数字は分かりません)一人近所に住んでいた叔父は私をすごくかわいがってくれて。今でも健在ですが高齢のため3年前に帰郷したとき会いに行ったのですが、私のことを認識できませんでした。うちの両親が行くと、いつも私の事を聞いてるらしいのですが。(注:私は子供の頃から外見はまったく変わってません)なんだか、すごーく複雑な心境でした。最後の写真のマグはこれも郡司さんという作家さんのものですか?素敵な色ですね~

投稿: chico | 2011年2月 2日 (水) 00時49分

chicoさん、何気にすごくない~~~

ご両親とも12人兄弟なんて、
テレビ局が取材したかったくらいなんじゃない~~

22人の伯父さんか~
私は伯父さん3人よ。

でも、今は、遠い場所に住んでいる伯父さんがひとり。
幼稚園の頃は、この伯父さんと一緒に住んでいたから、
大好きで、
お嫁さんになる~とか、言ってたな・・たしか。

郡司さんは、熱烈なファンが多い作家さんだそうです。
私も、はまってしまった。
そうなの、この器の色を見てるだけで、
うっとりしてしまいます。

投稿: にゃにゃ | 2011年2月 2日 (水) 12時26分

そうなんだよね~でも、あの時代の沖縄って結構大家族が多かったらしいからね。
うちの母なんて末っ子だから、一番上の姉の息子(甥)より半年若いんですから^^;
そんなことより、郡司庸久さんを調べてみたら、とっても素敵なうつわを作る方なんだね~。うつわノートというところで色々作品があったので見たけど、熱烈なフアンが多いって、分かる気がする。だって、欲しくなるもん^^;
デザインが施されたものも(特に香炉にはうっとり)もいいけど、シンプルなものが特に触りたくなる衝動に駆られる。
器は基本は使うものだから、見る側が触りたくなる、使いたくなるってある意味すごいことだと思う。
nyanyaさんのところでは色々お勉強になるよ。郡司さんの作品なんて、ここで見なければ一生見ないまま終ったかもしれないもんね。ありがとう^^

投稿: chico | 2011年2月 3日 (木) 00時22分

そうかぁ~chicoさんは、沖縄だったね。

沖縄は今、日本で多分一番??
陶器ファンの熱い注目を浴びている場所。

銀座に、沖縄の作家さんの陶器を買いに行ったこともあるよ。
でも、現地で思う存分買えたらね。いいだろね。

郡司さんは、最初は、茶の色にやられたけど、
白磁もものすごくよくて、
(うつわノートのものもいいね)
でも、次にお店に行くと、
ぼってりとしたフォルムでなく、すごく薄い茶碗だったり、
1人の作家さんが作ったとは思えないほど、幅があるんだよね。

でも、ちょっと夢中になりすぎて、
毎月、買い物しすぎたのでした。
しばらく、自粛です。

投稿: にゃにゃ | 2011年2月 3日 (木) 12時34分

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