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2012年12月30日 (日)

DIY を なめんなよ! (後編)

『 漆喰もすごいけど、

  セメントは、一発で失明です。』





少し、目の調子が良くなってきてから、

先生は、こうも、おっしゃった。



『セメントは、入った途端、

 目の前に

 白い幕が降りるように、見えなくなります 』







えぇええええええ



そんなこと、みんな知っていただろうか?



そんな危険なものだと知っていたら、

あんな無造作に、みな使用するものだろうか?




コンクリートのミキサー車など、

まわりじゅうに、ずいぶん跳ね上げながら、まわっている。




漆喰なども、雑誌で、

子供が塗ったり、手のあとをつけているのを

よく見る。




ちょっとでも、入れば、こんな風に、

激痛を及ぼすものだと、みんな知ってた??





あまりにも、『簡単にできる』 って


言葉ばかり先行して、

実は、こんなに危険なものだって、知ってた??





知らないバカは、私だけだったのかも知れない。



最初は、気をつけて塗っていたものが、

慣れてくるうちに、注意散漫になっていたことは、

否めない。



でも、ここまで、強烈に

危険なもの
だとは、想像もしていなかった。





(→ DIY を なめんなよ!! (前編) )より続き








しかし、怪我をして、2日くらい経ってから、

目の周りの皮膚も、ずきずき痛むことに気がついた。



鏡を覗くと、黒いシミになっている



おそろしい!!!



漆喰が皮膚についただけで、ただれてしまったのか!!




これでは、目の中に入れば、どれほどの痛みを感じることだろう。

痛いのは、当たり前なのだ。



(これは、『うま~くヌレ~ル』が目に入った場合。

 普通の漆喰はどうだろうか?


 危険なことは、同じかもしれないが、

 『うま~くヌレ~ル』は、

 防腐剤や接着剤なども混入されているのだ。

 科学化合物としては、より

 強力なことであろう。)





これを子供に塗らせてしまっていいの!?


手でじかにふれていいの?!






なんだか、シロウトがカジュアルにできる

イメージで始めてみたが、


怪我をして始めてわかる。

超劇薬だったのだ。





自分の不注意と判っている。


最初は、気をつかって、ゴーグルなど嵌め、

塗っていたのだが、

その時は、猛暑。


すぐ曇ってしまって、全然役にたたない。


曇らなくても、ゴーグルをしていると、凹凸がわからない。




私は、『すぐ頭の上を塗らなければいいのだ。』


ちょっと、手を延ばして、

頭より先のほうを塗っていれば、

自分に漆喰のかけらが、落ちてくることはないだろうと、

思って、


ゴーグルを外して、塗るようになってのだが、


事故にあった日は、おそろしくも

37、6度くらいあったものすごく暑い日だった。




通常であれば、

クリーム状の漆喰であるのだが、


暑さのため、液状となり




それが、私の目に垂れてきたようなのだ





あの日、暑いのに無理しなければ、

あんな目にはあわなかったかもしれない。





でも、(目が治ったからいえるのではなく)

アレは,起こるべくして起こったことかもしれないなぁ~


なんて、少し感じていた。




目を傷めるより前の日。


私は、自分を責めてばかりいた。



家にいて、テレビばかり見て、ぐだぐだしている自分。

誰のためにもならない自分。

嫌いな自分をもてあましながら、

何かしなくっちゃ、何かしなくっちゃと、



あせって、とりあえず、漆喰を塗り始めたのだがら。。。。






片方の目が見えなくなると、今までのように

本が読めなくなる。


それは、悲しいけれど、

今まで体が不自由なく生きてこられたことは、幸せだ。


これからは、生き方を変えなくてはいけないのかも。。。。



と、覚悟をしようと、思うものの、

やっぱり、目が見えなくなった自分を想像することは、

耐え難かった。





とにかく、目は痛い。

毎日、痛み方が違う。




目の中に、ムリヤリプラスチックの板を入れられているような。

まぶたの裏を、コンクリートでごりごりこすられているような。


そんな風に感じる痛み。


視線を動かすと痛いので、階段を降りるのも困難で

ずっと、2階で生活していた。




とにかく痛かった。

でも、1日を追うごとに痛みは、どんどん半減していった。




そして、幸いなことに、

(体が治癒回復の方に、全力で力を使っているのか)


すぐ眠くなることは、とてもよかった。







あれから4ヶ月たち、幸いなことに

無事完治した。



先生から、「もう失明は無いです」と言われたときには、

涙して、陰で叫びだし、踊りだすほど、うれしかった。

ホッとした。



しかし、

喉もと過ぎれば、暑さを  すぐ 忘れる私は、


このことも、何年か前の出来事のように、



もう忘れてしまったことが多いのだが、



それでも、

月並みだが、そばにいてくれる人がいることの有り難さ。

を痛感したことは、

忘れてしまってはいけないと思う。



こうなってみないと、わからない私は、そうとうバカなのだが。。。




だんなにも、苦労をかけたと思う。



(でも、目が見えなくなるかもしれない恐怖のため、

 少々通常のワタクシでなく、

 わがままいっぱいであった、私を受け止められず、

 だんなが切れて、ケンカになったこともある。




 その時は、私は、

 『こんな辛いときに、怒るなんて、ヒドイ。ひどすぎ!』



 と、更にだんなに腹を立てたものだが、


 彼も彼なりに、その時多少の恐怖?不安があったんだろうな。


 とも、今は思える。



 だんなに対しては、近すぎて、

 どうしても生々しい感情のぶつけ合いになってしまうが、


 それでも、そばにいて、

 病院につれていってくれる人がいるだけでも、


 どんなに助かるか、よくわかった。




 だんなは、だんななりに、食事の支度もがんばってくれた。)





そばにいてくれる人がいることの有り難さを

身に浸みて感じたのは、

(だんなでなく、否!だんなもそうであるが)


やっぱり、親であろう。




だんなも一生懸命やってくれてはいるのだが、

やっぱり、細かなところは、気が回らない。




夜はいつもご飯と焼き魚(彼、精一杯のメニュー )

朝は、コンビニのパンと、ジュース。

昼はカップラーメン。



そんな日々が続いた。



でも、目が開けられないと、


カップラーメンのお湯を沸かして注ぐのも、

パンを開けて食べるのも、本当に大変だった。



喉が渇いても、だんなが帰ってくるのを待つしかない。






だんなもいっぱい、いっぱいなのは、わかってる。


(いっぱい、いっぱいで、

 余分な物を買うことに頭がまわらない。)




でも、真夏で、喉が渇いても、

飲み物ひとつ気楽に飲めないことが

とても辛かった。





こんな時、お母さんがいてくれたら。

お父さんが変わらずいてくれたら。





お母さんがいたら、せめて、こんな時には、

ご飯を作ってそばにいてくれたかもしれない。



お父さんだったら、絶対、

『要らない』というのに、

ムリヤリ、コンビニで、


色々なおにぎりやお菓子や飲み物を

買ってきてお見舞いにきてくれるのに。




いつまで経っても、親から優しくされたことを

忘れられずに、

みじめな気持ちになっていた。

(親がいてくれる人が、うらやましい。。。。)






でも、寝込んでしまってから、2~3日目の日。


にゃおが暑いのに、私の布団の上に丸くなって


一日中、動かないで寝ているのに気がついた。





ご飯も食べない。

ずっと、動かない。





私は、にゃおまで元気がないのが心配で、

だんなが帰ってきてから、


私の枕元に、にゃおのご飯と水をもってきてもらうよう頼んだ。




そしたら、枕元に水を置いた途端、

待ってました!!



と、ばかりに、にゃおはごくごくと、水を飲みだした。











そうか、そうか。心配してついててくれたんだね。

ご飯も食べないで。水も飲まないで。


ありがとう!にゃお。





だんなも、

『にゃお、ありがとな。

 もう、俺が、帰ってきたから、大丈夫だよ。』



と、何度も声をかけたら、

ようやくにゃおは、下にトイレに降りていった。









そのことには、とても感動した。

動物と言うのは、ここまで、人間を愛してくれるものなのか!



と。



今までは、私のほうがにゃおを可愛がっていると思っていたが、

思いも寄らなかった愛情を示してもらい、


にゃおが私を愛してくれていることがわかって、

これだけは、怪我をしてよかったことであった。




そうだね、にゃおがついていてくれるね。





父にも、少し目が回復してから会いに行った。



恥ずかしげもなく、私は大勢の人の前で泣きながら

(介護施設なので)


「お父さん、怖かったよ。

 お父さんに会いたかったよ。」



と、久しぶりに父に甘えてみた。




そしたら、父は、


なんだ、電話すればよかったのに。

 そしたら、行ったのに・・・
』 と答えた。






そうだね、電話すればよかったね。

誰もでることのない実家の電話でも。







痴呆症でも、父は父だ。

心配してくれる気持ちは決して失くしていない。



たまには、甘えてみるのも、

ボケを解消するいいスパイスになるかもしれない。






主人の両親も、

主人が家事をできないのを判っていて、

何度かおかずを差し入れしてもらった。



『返って気を使うだろうから、行かないけど、

 良ければいつでも、手伝いにいくよ』 と言ってくれた。




でも、目の怪我の原因は、家の改装にあるのだ。

ものすごい状態に散らかっている家には、

ちょっとね~~~、呼ぶことはできなかった。







それでも、うれしかった。










父、母にこだわり過ぎていたのかも知れない。



今いる、環境で、自分を大切にしてくれる人は、

他にもいるのだと、気づけたことは、うれしかった。




(特に、ぼくちゃんからの愛が!!)





まぁ、ちょっとDIYから、

主観に話が変わってしまいましたが、



要は、

『簡単にできると、なめんなDIY』



それなりの道具、材料を使うのだから、


危険も伴うってことを

忘れないで、望まなくっちゃいけないのだ。










塗ってる途中で、目を怪我したワタクシ。



ずっと、再開しなくてはと、思ってる。



特に年末になるし、

事故を起こした時のまま、


部屋の片隅においてある脚立や


部屋の真ん中に置かれているソファーを見るとね。





今年中には、片付けたいなとは、思っているのだが、

なかなか漆喰への恐怖が抜けきらないワタクシである。


(ていうか、もうちょっと、めんどくさくなってる)




でも、どうにかしなきゃ。


ため息をつきつつ、毎日、天井をみあげるワタクシである。




そんなわけで、DIYは、来年も続きそうである。


今度は、もっと慎重に。


もっと、丁寧に。




(皆さんも、DIYの際は、ちょっとだけ

 危険な目にあった私の事、思い出して気をつけてくださいね~)









追記  

私にとって、今年起こったことで、

最大の出来事であろう、目の怪我の記事が

ちょうど、最後の記事となりそうです。



今年は、後半はほとんど、ブログはお休みしてばかりでしたが、

それでも、懲りずに遊びに来てくださった方々、

どうもありがとうございます。




(そうそう、『ヘルタースケルター』のことを、

 がんばって、長々と書きましたが、

 その後、目の怪我をしたので、

 『ヘルタースケルター』の、呪いか?と、思い、

 衝動的に削除してしまいました。)



来年も、どの程度、マメに更新できるかわかりませんが、

よかったら、又1年、

よろしくお願いします。

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コメント

にゃにゃさん、こんばんは。
どんなに大変だったのか、
想像ではとても追いつかないし、足りないのだろうと思います。
今年はこれまで本当につらかったですね。
怖かったですね。
たくさんたくさん治るまで不安なのに良くがんばりましたね。
完治おめでとうございます。
にゃにゃさんの目が見えなくならなくて、
治って良かった。良かったです。


漆喰がそんなに危ないものだなんてまったく知りませんでした!
(セメントも)


当たり前にふだんあると思っているものを大事にするって大切なことですね。
ときどき気づいても、
またすぐどこかへ忘れてしまう。
にゃにゃさんに改めてよく教えてもらいました。


もう今年もあとわずかですが、良いお年を。
にゃにゃさんの来年がうんとうんと楽しいこと、うれしいいこといっぱいの一年になりますように。
いつもblog楽しみにしています。


投稿: 1/5 | 2012年12月30日 (日) 22時36分

1/5さん、こんにちわ。
とうとう、今年最後の一日となってしまいました。
これから、掃除、おせち作り、多分、
新年間際まで続くことでしょう・・・

目のことは、本当に、自分のことながら、
もうすっかり、遠い記憶となってしまいましたが、
目がある程度直ってからでも、
洗濯ひとつするのでも、歩くと壁にぶつかる。
洗剤を落とす。

などを繰り返し、普通のことひとつするのでも、大変だ。
できない。

を繰り返し、落ち込みを通ってきたはずなのに、
今ではすっかり、
何でも?できることが当たり前に思ってしまっています。

私も、せっかく経験したのだから、
そのことを忘れてはいけないですね。

1/5さんの来年のご活躍も期待しています。
来年もたくさんのかわいいベアが誕生しますように。
よい1年になりますように。
私も、キルトの教室で、またいちから
『縫い』を勉強します。

投稿: にゃにゃ | 2012年12月31日 (月) 12時11分

取り込みがようやっと一段落して拝見しました。
2012年中に更新というで楽しみにしていましたが、怖かった、です。
春には外階段をセメント修理しようと思っていたのですが、本当に気をつけなくっちゃ!です。
私も今年は久しぶりに手仕事イヤーにしようと思っています。
ボタン屋さんは3月くらいになると思います。
にゃにゃさんは本屋さん?ですか?
いつか素敵な「キルト」をうちで扱わせてください。
箸置、可愛いでしょ?でも、器は使って初めて生きます。
大事に使ってね。

投稿: haru | 2013年1月 1日 (火) 12時52分

haru さんでは、はじめまして。
今年もよろしくお願いします。

箸置き使ってます。かわいくてとても気に入っています。
新年に間に合うよう、
送っていただき本当にありがとうございます。
品数の少ない手作りおせちに、華を添えてくれました。

セメント、私も聞いてびっくりしました。
必ず、ゴーグルかメガネをご使用下さいね~

私も、来年こそは!と毎年思いますが、
今日は元旦。
今年こそは、OPENしたいです。
まずは、ネットでね。

自分の手作りの品だけでは、
中途半端なので、古本、古道具、の3本柱のお店にしたいんですけどね・・・

今日も、ごろごろ本を読んだまま、終わってしまいました。

haru さんを目標にもうちょっと、がんばってみたいです。

投稿: にゃにゃ | 2013年1月 1日 (火) 22時12分

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